チョイス
高卒29歳
20170630,Fri.
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20170630,Fri.
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引っ越しますよ。引き続きよろしく

 

20170531,Wed.
ぼく : comments(4) : trackbacks(0) : いいな

拝啓

 

お久しぶりです。4通目のメールです。

定期的にメールを差し上げることでしか、あなたとの友達活動の仕方がわからないこと、お許しください。

 

最近はいかがですか。体調は崩していませんか。

好きな映画を観たり、好きな本を読んだりは出来ていますか。

A君の今日に、何かしらの糧があることをお祈りしています。

 

僕の方は相変わらず仕事漬けです。コミュニケーションの部分で上手くいかないことも多々ありますが、周囲の人たちはそのコミュニケーションのできなさが新鮮らしく…笑ってくれます。デザイナーとして目指すべきところと会社組織の一社員として目指すべきところの葛藤があり、後者が圧倒的にできないもので、フリーランスで生きていくことを考えたりもします。海外居住とか。

 

昨日久しぶりに映画を見ました。

2015年公開の「ディストラクション・ベイビーズ」です。色々賞をもらってるので映画好きのA君ならば知っているかもしれませんね。真利子 哲也監督はこの映画でメジャーになったのですが、インディーズの頃の短編の映画を小劇場へ観にいったりしたなぁ、ってのを思い出して、この作品を観てみようと思いました。

 

よく自称映画好きが「邦画は金がかかってなくてつまらない」とチープなことを口にしますが、そんなことは絶対にないと再認識させてもらえる映画でした。確かに爆弾ボーン、ファンタジーキラキラ、という派手な演出をしてしまうと、どこかハリウッドのアクションと比べてしまうところは確かにありますが、邦画のブランド力はフランス映画やインド映画にも匹敵すると、個人的には思います。

その第一の理由は「内に秘める気持ちの遠まわしな表現」にあると思います。

日本人特有の性質であり、時にはデメリットの方が強く感じてしまうところでありますが、作品になると話は違ってきます。役者や美術の表現方法はリアルでありながら、本来人間の持つ欲求や本能を作品として2時間かけて少しずつ吐露していく。しかもそれが魅力的、瞬間で切り取れば地味なのに、終わってみればものすごいインパクトのある余韻が残っている。…というのはある種アートに近い立ち位置を築いていると感じます。そして僕は、それが邦画のブランド力だと思っています。何事も枠にはめて考えることは好きではないですし、素晴らしい和製アクションもありますが、日本人の美徳を存分に出した結果の作品こそが邦画の最大の魅力だと感じるのです。

 

そういう意味で、過去にも感動した作品がいくつかありました。

2006年公開  『ゆれる』西川美和監督

2008年公開  『おくりびと』滝田洋二郎監督

2010年公開   『冷たい熱帯魚』園子温監督

 

などです。

ひとつひとついいところを説明したいところですが永遠に終わりませんので割愛します。ただしおくりびとに関しては、実はチョイ役で僕自身が出演しているという経緯もあるので、多少の色眼鏡を通してしまっているかもしれません。(アカデミー賞受賞を考えるとあながち自分の感覚は間違っていなかったかもしれないとも思いますが)

 

なっが〜〜〜い前置きを大変失礼。

 

感覚的には二年に一度、最高の邦画に出会っているので、2015年にはかなり期待していました。けれど丁度今の職場に務めるようになり映画を見る時間を作れず…、あー、また二年周期が巡って2017年だというタイミングで、今回の『ディストラクション・ベイビーズ』を観たことになります。

 

映画の概要についてはネット上にも情報があふれてますので割愛しますね。A君ならば既に鑑賞済かもしれませんが念のためストーリーに触れずに行こうと思います(気の使える人間を演出)。

 

95分という短めの尺で、人間の持つ破壊衝動を余すことなく最初から最後まで描ききっています。

理性と呼ばれるリミッターがなくなった時、人は人でなくなります。そのリミッターが外れる瞬間からストーリーがはじまり、その果てが見えることなくストーリーが終わります。つまり、表面的なお話は一向に進んでいないように感じるのです。

 

でも、それは人でなくなったもの、主人公の時間の流れを実にリアルに切り取ったものでもあります。主人公に、気持ちの流れは存在しません。気持ちそのものが存在しないからです。ですので、セリフもほとんどありません。ひたすら暴力をふるうというだけてす。

数える程のセリフの中で特に印象的なのは『楽しければ、いいけ』という一言で、それも楽しくなさそうに言うのです。もうこの映画そのものを表す言葉でしかありません。

 

・・・・・

・・・・

・・・

 

 

以上のように僕は、生き詰まった時、

無意識にAさんへメールをかく癖があります。

それは、Aさんが僕を友達と言ってくれたので、

相談しようって表面的には思うのです。

でも今回は送りはしなかったし、

途中で書くのをやめた。

ハッとして、ついでに仕事もやめた。

 

みなさん元気ですか。

僕を心配してくれる人がいるらしい、

それは大変に嬉しいことです。

次の記事で近況について報告します。

 

20151113,Fri.
ぼく : comments(5) : trackbacks(0) : いいな
毎日、毎日、仕事が忙しい。
きのう・きょうと、ぼくはずる休みをした。
仕事がたまっているけど、もう限界だった。

最近はというと上述の通り仕事のせいで何もかも出来ず仕舞いで、
自分の時間といえばメンタルクリニックと歯医者へ通い、犬の世話をするので精一杯だ。
大好きなソシャゲも、FPSも、文章を書くことも諦めて、なぜ?というほど仕事をしている。
たまに自分の時間を作れた時にも、クラウドソーシングでデザインの仕事をして、
コツコツと借金返済用の金を稼ごうとしている。

デザインは疲れる。
デザイナーというと人は「かっこいい」「おしゃれ」と言うし、自分もちょっと前まではそう思っていた。
実際の雇われデザイナーなんてものは自分の好きに作品を作れば「アカンでそれ」と罵られるばかりで、
いかにクライアントやディレクターの意向を汲み取るかが一番重要なスキルに思えてくる。

特に本社の人間は関西人なので(偏見)、ある人は知っている言葉が「アカン」しかないのかと思うくらい
「アカン」ばかり言ってくる。
「アカン!アカンで・・・アカンよ〜!アカンアカン・・・・。」

またある人は「いけず」なことをちくちくと言ってくる。
「ほんっまに、専門も出とらん人がようデザイナーになりはったなあ。スゴイわ。尊敬やわ」

これは全部某自転車競技部アニメの某高校の某エースから言われているのだと言い聞かせ、
c.v遊佐浩二へと脳内変換をして受け流すようにしているし普段ならな〜〜〜〜にも思わないけれど、
最近は疲労とストレスが蓄積しているせいか、やたらと神経質に捉えてしまう。

ああ、でも、セックスレスに悩んでいた頃よりかは全然楽だなあ。
今も絶賛セックスレスだけど、犬へと依存心を分散させているので何も感じないのです。

ああ、頭がぼっとする。




 
20150809,Sun.
ぼく : comments(3) : trackbacks(0) : いいな
事故から4日が経過した。
顔面の傷は全治3週間で、7針縫った箇所は一生残るかもしれないと医者が言っていた。
事情を知った人々は「DVだから別れろ」「クズ男訴えろ」と口をそろえて言う。
ぼくは相手を庇護するつもりは微塵もない。やりすぎたのは確かだし、常識的には男性が女性を、しかも親がいる前でここまで殴るのは考えられない。そうして負傷の度合いから結果を見ると、まず相手が非難されるのは当然のことだと思う。

相手を庇護するつもりはないが、ぼくは自分を庇護するつもりもない。被害者としての立場からだけなんやかんや周囲に吹き込んで、自分がカワイソウでたまらない気持ちになることは絶対に改善につながらないからだ。

まず、先に手を出したのはぼくだ。
母とは別の寝室で、ぼくたちはしょうもないこと(それはそれは本当にしょうもない、頭が悪いとかそっちの方が悪いとか)で口論になっていた。
二人とも珍しく泥酔状態で、ぼくはここ最近の相手への不満もあって、煽るような言動をした。
煽り合いのような状態が続いて、手を出したら負けだとわかってはいたが、とうとうぼくはキレてしまった。キレた瞬間の記憶はない。気づいたら相手の顎を鷲掴みにして、腹を蹴っていた。
その後の事も、あまり記憶にない。気づいたら母親が部屋にいて、自分は目が見えなくて、服も布団も血まみれだった。母が泣いて、叫んでいた。同居人はふらふらリビングへ行って、開きっぱなしの母のスーツケースの上に倒れ気を失い、ゲーゲー吐いていた。
母が病院へいくと行ってぼくにタクシーを呼べと要求してきたので、アプリでタクシーを呼び、待っている間にまず鏡を見た。顔中血まみれで、目の上がぱっくり開いてるのに気づいたのは結構見回した後だった。そして倒れている相手があまりに青い顔をして発汗していたので麦茶を注いで倒れている隣に置いてから、夜間救急へ向かった。

結果としてこうなってしまったことを、大変残念に思う。大変残念に思うとほざきながら、ふたりの間に別れという概念はなく、翌日土下座をしている相手を見てぼくは咄嗟に、もういいよと言った。

昨日は、久しぶりに長い時間一緒にいた。
スプラトゥーンをやったり、サラダうどんを作って食べさせたりした。自分は食欲がまるでなかったけど、アイスを差し出されてそれを食べた。ぼくの顔を見るたびに相手はため息をついた。自分の拳を、自分の顔にあてている場面も何度か見えた。
妹から怒号のような電話もかかってきたし、隣人が訪ねてきたりもしたが、今は余計な感情を遮断し自分の精神状態を通常へ持ってゆくことに尽きる。通常の精神になったときに別れたく思えば別れたらいいと思う。

翌日以降はとにかく、人に連絡を取ることをした。頭では迷惑だろうな、メンヘラババアの戯言に付き合わせてしまい申し訳ないなと考えながら、まあ色々な人に連絡した。
母は幸い、パニックになりつつぼくに理解を示し、別れないのはわかっているのでせめて仲良くしてくれというようなことを頻りに言った。
ツイッターで知り合った札幌の女の子はとにかく話を聞いてくれて、否定も肯定もせず、長時間にわたりメッセージを交換したくれた上に近々会おうねと言ってくれた。本気でぼくを思ってくれているのが伝わって、気持ちがとても救われたようになった。
入院中に知り合って4〜5年付き合いのあった男は通話している中でとても客観的に病理や関係性の話をしてくれて、相手の問題とぼくの問題を掘り下げて状況の打破をするにはどうしたらいいのかをアドバイスしてくれた。ぼくへ精神科へ行くよう勧めてきた。
山形の友達とも通話をして、ぼくが申し訳ないと言うと泣いて怒っていた。相手を許せないし、ぼくがそうやって謝ったり気を使ってくるのも許せないし、山形へ帰ってきてほしい気持ちもあるけどそれが ぼくを余計閉じ込める原因になるのでそれも言えなくて、ツイッター経由でこういう出来事を知るのはつらいと言っていた。そんなに真剣に友達のことで泣いたり怒ったりできるのはスゴイと思ったし、まだぼくをこんな風に思う人がいるのだと思うと、また今日までの自分を申し訳なく思った。

近くの公園で、盆踊りが開かれているようだ。
子供の溌剌な声と、太鼓の音が聞こえる。
ぼくはソファーに項垂れて、ぼんやり今までの人生を思い出す。人から見れば不幸な人生かもしれない。が、ぼくにはぼくなりの幸福の感じ方があり、たとえそれが常識的に間違いだとしても、すでに形成された自分の価値観を否定されるのはやはり反発したい気持ちになってしまう。

こんな精神状態であれど、窓をあけて入り込む外の空気は心地よいものだし、それを感じながらブログを書ける環境があるというのは もしかすると幸せなのかもしれない。本当はピアノでも弾きたい気分だ。友人にピアノを習いたいなと常々思っているんだけど叶わぬままだから、すこし借金が減ったら考えようと思う。(その友人がぼくに教えるほど時間があるのかはわからないけど)

時系列もめちゃくちゃでまとまらない雑記だけれど、ひとつ今の自分の考えを伝えたかったのと、結構な人に話を聞いてもらったりしたので 感謝のしるしを残したかった。
オチも何もない。自分がもう少し落ち着けば、自然となにか見えるだろうが、現状のぼくはまだなにかザワザワした感じで、回復までは少しかかりそうだ。

ぼくも関わったみんなの幸せを願うことにします。みんながどうか、一瞬でもしあわせを感じるような人生になりますように。

20150528,Thu.
ぼく : comments(2) : trackbacks(0) : いいな
治安悪い菊水 ピップエレキバンの 精神障害一歩手前 汚ないババアが「ねっ」という

ぼくは「ちっ」といった
でも雑音にのまれた 雑音がぼくをのむ

なぜか今 まっとうな人みたいにしてる
まっとうな人になりたいと願い続けて
しかも努力までしたけど
今もまだ まっとうな人みたいになっただけだ

気持ちの向こう側では
まだ寂しいぼくが ぼくを笑ってる
あるいはお狂いになられて
人を殺したいとか 闘いたいとか
今のぼくがだめだとか恥ずかしいと思うことを平気で考えている 考えてる

自分の人生として 今のぼくが正しいものか
ぼくは偉くなるべきだった
えらくなって生きるべきだった

あ〜 雑音がぼくをのむ
のまれても 雑音のなかで ぼくは静かにしてる
静かにして 無口で たえている
いいことは何もない
でも静かにして無口でいることは
とてもえらい
20141215,Mon.
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伊藤先生

先日、平田オリザ著の「幕が上がる」という、高校演劇をテーマにした小説を読みました。
脚本を作るまでの葛藤、夏の猛暑の中での稽古、大会のリハーサル、緞帳の上がる前の予ベルから本ベルまでの間の描写。どれを取っても精巧で、自分が今体験ているかのように手に汗握る素敵なな物語でした。そうそう、青森中央高校の「修学旅行」や、畑澤先生に関するエピソードなんかも出てきたりもして、すごくリアルでしたよ。

伊藤先生、お元気でしょうか。
「幕が上がる」を読んで、本当に様々思い出すことがありました。思い立ったように急に、こうしてお手紙を書こうとしていることをお許しください。

庄内から離れ、七年が経ちました。
真面に職へ就いたのは今年一月になってからで、それまではふらふらとアルバイトをしてみたり、職業訓練校へ行ってみたり、何をしてもうまく歩けないような生活を送っていました。
ちなみに現在は広告代理店で、事務の仕事をしています。とてもいいところで、しばらくはここへ置いてもらおうと考えています。

演劇に夢中だった頃、こんなことを思ったことがあるのをはっきりと覚えています。
「私から演劇がなくなったら、何が残るのだろう」と。札幌へ来てからしばらくして、「本当に何も残らなかった」ということを大変に実感しました。その後は演劇に対し後悔、罪悪感、恐怖など負の感情を持ち、向き合うことをやめていました。それでもしばしば、あの頃の自分はとても全力で、からっぽな今とは大違いだったとか、今もまだ演劇を続けていたらどうなっていたかななどと思い耽ることがあり、その度に押入れから高校時代の部活ノートを全て引っ張り出して、伊藤先生の書いてくださったコメントを読み返しては様々な想いを寄せました。伊藤先生へ連絡を取ろうか、取らないかとくよくよ悩んで、結局何もできずに気付けば七年も経ってしまいました。本当に申し訳ありません。とにかく自信をなくしてしまい、今の私を見たら伊藤先生はどんな反応をするだろう。悲しませてはいけないと、葛藤を続けていたのです。

無事就職してから一年、生活も落ち着き、ちょっとの余裕ができて、演劇のことを思い出すときも前向きな気持ちで対面することができるようになりました。また地元の劇団へ入ろうか、脚本を書こうかなどと、時折考えます。
「幕が上がる」を読み終えた時、私はまた部活ノートを引っ張り出して一から読み直しました。
今までもたくさん、伊藤先生の言葉で印象に残るものがありましたが、この時今までとは違ったところで目が止まりました。
高校三年の県大会終了後に、ふと孤独感を感じて不安定になった日の日記のコメントに、ひとこと「自己陶酔におちいる前に戻っておいで」とあったのです。そして次の日記では、のうのうと「楽しかった!!」なんて書いてる私を見て、なんだかハッとしてしまいました。
もしかして七年間、私は自分で気付くことなくずっとずっと自己陶酔におちいったまま過ごしてきたのかもしれない。そう考えると伊藤先生の言葉の偉大さが身に染みて、もう今回こそはくよくよしている場合ではなくて、自信を持って、今の自分の近況や気持ちを伝えたいと麻美から連絡先を聞いた次第です。

伊藤先生、私は元気です。
仕事も楽しくやっていて、そろそろまた、演劇も始めたいと思っています。
伊藤先生が忘れているような部活ノートのコメントを支えに、ここまで演劇に対しての気持ちを立て直すことができました。ありがとうございます。そしてあの頃、伊藤先生に反抗的な態度を取ってしまって、本当に申し訳ありませんでした。
きっとあの頃よりもずっと良い脚本が、今なら書けます。遠く離れてはいますが、何かあれば連絡をください。私の幕はこれから上がります。

自分勝手に語ってしまって、すみません。七年間の思いをどう伝えればよいのか悩みましたが、今はとにかく長き暗闇から立ち上がれたことを伝えたいです。気が向いたらでいいので、伊藤先生の近況なんかをお返事くださると、大変嬉しく思います。

それでは、体調に気をつけて、冬を過ごしてくださいね。


20141212,Fri.
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昨日、会社で散々に友達の存在を問われた。
それはもう、散々だ。
何をもってぼくに友達がいないと踏んだのかは知らないけど、そんなこと言うかなって事をよってたかって言われて、なんとなく小学校でいじめられた経験を思い出したりした。
でもぼくは、アルバイト時代にできた唯一の近場の友達のことを思った。
頻繁に会ったりするわけではないけれど、ぼくにとってかけがえのない存在だ。
たまに会って、ぼくが好きなことや思ってることを言っても、馬鹿にしたり笑ったりしない。その人の話を聞くのもとても楽しいし、こんなぼくへ優しくしてくれる。

昨日の件でより一層、大切な友達だと感じた。
何も面白いことは言えないのだけど、ほんとそんな感じ。

だけどここまで来ると、また怖くなる。
ぼくのことでその人に迷惑をかけたり、嫌な思いをさせたり、したくないなって思う。
そうすると卑屈になって、自分の劣等感や、こんな生ゴミみたいなぼくの相手をするのは苦しいだろうなと思ってしまう。
今までも何人か、友達になれそうな人はいたけどぼくのほうから上記の理由で離れてしまった。
自分でも、まだ慣れてない時のぼくと距離をつめたときのぼくにはギャップがあって、うざいだろうなとか面倒だろうなとかいうのはわかるから、ふとした時、とても苦しくなる。

だけど、この人については何か自分の中で譲れない部分があるというか、おばあちゃんになっても一緒にお茶するような大切な友達になりたいって思う。

稚拙な文章でごめんなさい。
友達については、小学生か幼稚園レベルで。
本当にごめん

20141201,Mon.
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扁桃腺が痛い。
同居人の風邪がうつったみたいだ。
なんだか落ち着いていることができず、ここぞとばかりにぼくは会社を早退した。

クリスマスの装飾が施された古臭い喫茶店で、ぼくは孤独について、また考えた。
答えなぞ出るものではない。それでもぼくは、考える必要があった。

自分にいいように解釈ができない。
だからここへ何を書けばいいかもわからない。
しかし何かを吐き出さなければこのまま電車にでも飛び込んでしまいそうで、自己防衛のためのくだらない、意味の不明なただの文章だ。

母に捨てられたという感覚がある。
父には望みをかけていたが、新しい家族が大事で、やはり捨てられたという感覚がある。
そしてここへきて、ついに同居人にも捨てられるのだという予感がある。
自分には帰るところがないし、こんなに家族へ対しての憧れを捨てきれずにいるのに、一人暮らしに戻るのは大変なことだ。

どうしたいのか、わからない。
何もまとまらないし、こんなの恥ずかしい。


そんなことを堂々巡りさせているうち、隣の席に民度の低そうな小学生くらいの男の子と母親がやってきた。なんとも楽しそうに会話してるものだから腹が立って仕方なくて、ぼくはそそくさと喫茶店を立ち去った。
20141030,Thu.
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これからは辛いことがあるからはけ口としてブログを書くのではなく、日常の記録としてブログを書きたいと思う。
20140917,Wed.
- : comments(0) : trackbacks(0) : いいな
なんや、かんや。
そんな一言で片付くような出来事に足をとられつづけたが、最近やっと落ち着いてきたので久しぶりにブログで近況報告でもしようかな。

まず、就職して8ヶ月ほど経つが、それこそ残業したくないだのメンヘラババアがしんどいだのなんやかんやはある。ただ、そんな悩みというのはぼく特有の悩みとは思えないので、ある程度他人と共有できる気持ちであり、なかなかに堪えるなというほどではない。順調といえば順調だ。

そして同居人についてだ。
このひとつやふたつ前の記事がまるでウソかと思えるほど、こちらは順調である。
3月の後半頃から、だんだんと同居人に思いやりや優しさのようなものが垣間見え、最近にいたってはちらほら結婚だの子供だのの話がでてくるほどである。
原因は、ぼくにはわからない。
彼も同時期に就職して、なにか世間だとか社会におかれた場合の自分が見えてきたのかもしれない。
お互い仕事でいっぱいいっぱいになりながらも、週末は一緒にゲームをしたり、スケボーをしたり、おいしいものを食べたりしながら過ごしている。
少なくとも、浮気なんかはしてない。残業とウソをついて飲みに行ったり風俗に行ったりはしているかもしれないけど、何も気にならない。ぼく自身、一年前よりもずっと彼を信用しているのだと実感している。恋愛感情だけだったのが家族的な関係を築けたところが大きいだろう。その代償としてセックスレスの問題があるが、こちらも自分だけの問題で、去年の今頃よりもずーっと楽な気持ちだ。
このまま、本当の家族になりたい。
普通の家族になりたい。
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